移住を考え始めた経緯や移住先の選定基準、移住先の物件探しのポイント……「移住」といっても移住が実現するまでの道のりは人それぞれ。では、移住を実現した“先輩”たちは、どうやって移住後の暮らしを形にしていったのでしょうか。先輩の体験談を通して、(良い意味でもそうでない意味でも)実感した移住の理想と現実、移住のために実践してみたことなど、「移住のリアル」を紹介します。
今回話を聞いたのは、静岡県伊東市でコーヒー専門店「珈ノ鳥(こうのとり)」を営む桑名大地さんです。地元を離れて伊東での起業を決めた理由や、移住と起業の準備に関するエピソード、自分が思い描いていた目標を形にしていく中で感じたことなどを聞きました。
「起業するならどこで?」から始まった移住準備
偶然目にしたテレビ番組をきっかけに伊東へ
移住はいつ頃から考えていたんですか?
桑名さん:20代後半くらいからですかね。大学生の頃にコーヒーにハマって以来、将来の目標は「自分のコーヒー屋さんを開くこと」。新卒で就職したのもコーヒー関係の企業で、どんどんコーヒーの魅力にのめり込んでいきました。その企業は5年ほど勤めた後に退職し、地元の逗子に戻ってから独学で焙煎の勉強もスタート。自家焙煎したコーヒー豆のオンライン販売を始めたり、イベントに出店したりといった活動も始めました。
ただ、はじめは細々としていたので、社会人としては正直ふわふわとした状態でもあって。今後どうしていこう?とじっくり考える中で、「自分のコーヒー屋さんの立ち上げたい」って思いが強くなって、本格的な準備に取りかかり始めました。鎌倉のカフェでバリスタ経験も重ねつつ起業資金の準備も進めて。地元での起業する選択肢もチラッとよぎったのですが、「もっとゆったりしたところでお店を開きたい」と思って、それで移住も検討し始めたんです。
自分の目標をかなえる場所はどこが良いか、から移住先を探し始めたんですね。
桑名さん:そうです。鎌倉のカフェは結局1年ほど勤務して、その期間が起業&移住準備となりましたね。準備、といっても移住先は結構すぐ決まったんです。静岡県の伊東に行ってみたらすごく良いなぁって思って、その気持ちのまま決めちゃいました。
伊東に行ってみよう、となったきっかけは何だったのでしょう?
桑名さん:たまたま、伊豆半島を特集したテレビ番組を目にしたんです。「そういえば大学の卒業旅行でも伊東のエリアに行ったなぁ」ってことを思い出して、ピンとくるものがあって伊東に行ってみることにしました。地元からだと2時間ちょっとの距離ですし、実際に行ってみたほうがいろいろわかるかなって思って。
直に肌で感じることで「良いな」が際立っていく
実際に足を運んで、まずどんな印象を受けましたか?
桑名さん:心が落ち着くなぁって思いました。例えば、お散歩中のご年配の方が小さなお子さんに話しかけている様子とかもよく目にして。実際にまちの人とお話ししてみてもすごく優しくてやわらかい印象で、シンプルに「ここに住みたい」って気持ちになったんです。お隣の熱海と比べてもまちが静かで、穏やかだと感じますね。
「静かなまち」で商売を始めるのは勇気がいるようにも感じますが……。
桑名さん:静かといっても、伊東駅周辺はにぎわいがありますし、観光名所もあります。もちろん、商店街にはシャッターが閉まったままのお店もありますから、まったく不安がなかったわけではありません。でもその反面、チャンスがあるともいえますよね。いろいろ広がる可能性があって、面白そう!ってワクワクする気持ちが上回ったんです。
桑名さんが一番惹かれた伊東の魅力ってなんですか?
桑名さん:とにかく、人が優しい!物件探しでお世話になった不動産屋さんも、立ち寄ったお店でおしゃべりした人も、みんな優しくて。僕が「移住を考えているんです」と口にすると、「そうなんだ、じゃあ〇〇さん紹介するよ!」とかアドバイスしてくださる人もいて、移住に対してどんどん前向きな気持ちになっていきました。このまちで暮らすイメージを膨らませられたのは、出会った人達の優しさのおかげだって思っています。あと海が近いので地魚もおいしくて最高です。暮らし始めて2年ほどになりますが、最初に「良いな」って感じた部分は今も変わらないですね。
一方で実際に暮らしてみて、同じ伊東市でもエリアごとに雰囲気も異なるんだなと感じました。市のウェブサイトや自治体が発行する移住関連の資料などに目を通すことも大事ですけれど、実際にそのまちに出向いて、直に体感してみることってすごく大事なんだと思います。
縁が数珠つなぎになって、移住2年目で目標が実現
2023年1月に「珈ノ鳥」の実店舗をオープンされたとのことですが、移住から2年も経たないうちにというのも、なかなかのスピード感ですね。
桑名さん:実は、実店舗を持つのはもっと先を予定していました。移動販売を続けながら、次にキッチンカーを手に入れて伊豆半島のイベントに出店することで名前を広げて、資金が貯まったら実店舗を持つ、って計画だったんです。
でも、気づいたらいろいろすっ飛ばしていましたね(笑)。2021年6月に伊東に移住してしばらくは、コーヒー豆のオンライン販売の活動に専念していました。秋頃から自転車で販売するスタイルでイベント出店を始めて、その後商店街での販売も始まって。
これも偶然のご縁と言いますか。ある時、散歩していたら偶然、「テナント募集」の張り紙を目にして。張り紙のあった物件は以前から気になっていて、張り紙に書かれていた大家さんの連絡先に問い合わせてみたんです。そしたら大家さんが「自電車でコーヒー販売している人ね!」といった感じで、僕のことを知ってくださっていて。何度かやりとりしているうちに、「桑野さんにお願いしたい」ってお返事がもらえたんです。
販売活動の成果が、思ってもみないタイミングで実を結んですね。
桑名さん:移動販売を始めて1年経つか経たないかの頃でしたね。ありがたいことです。しかも別の方からも、「休業してそのまま閉じちゃったコーヒー屋さんがあるから、使ってみない?」ってお声がけもあって、間借りでカフェも始めていたんです。気づいたら、キッチンカーを持つより先に実店舗を持つ方向に軌道が乗ってしまっていた、というわけです。当然、資金も貯まっていないので内装工事なんかは自分ひとりでコツコツ進めて、2023年1月に無事「珈ノ鳥」をグランドオープンできました。
お客さんはどんな方が多いんですか?
桑名さん:すぐ隣に観光名所があるので、休日は大半が観光客の方ですね。平日はオープン前から知ってくださっている方やご近所さんが多いです。地域的に、昔ながら深煎りのコーヒーを好まれる方が多いんですが、当店ではブレンド豆と深煎り、中煎り、浅煎りと焙煎具合の異なる豆を複数そろえています。農園のこだわりや焙煎の違いなども楽しむ文化を根付かせていきたいですね。
もしもの話ですが。移住せず地元で起業していたらどうなっていたと思いますか?
桑名さん:こんなに順調に進まなかったでしょうし、もしかしたら1年も経たないうちに心が折れてしまっていたかなって思います。やっぱり首都圏は家賃も高いですし、起業することに対してもシビアです。それに、単純に訪れる人も多いので一人で回すのは現実的ではありません。となると、人件費もかかります。精神面でも金銭面にも余裕が持てて、ゆっくりと着実に形にしていくことができるのが地方のいいところ。もちろん集客の不安はあるでしょうけれど、自分にとっての旨味を見つけることさえできれば、旨味を生かすことで可能性はぐっと広がると思います。
勢いは大事。でもじっくり準備することも大事
移住も起業もとても順調と感じますが、「こうしておけばよかったなぁ」と思うことなどありますか?
桑名さん:自治体の移住支援制度などは、事前にしっかり調べて活用するべきだったなぁと思います。伊東市には移住者向けの起業補助制度もあったようなんですが、僕の場合その存在を知ったのは、申請の対象期間が終わったタイミングで。ちゃんと調べて申請しておけば設備投資などにも活用できたのに……。直感や勢いで決断するのは大事だと思います。でも準備はじっくり丁寧に進めたほうが自分にメリットがあると痛感しました。これから移住を考えている人は、準備は冷静に進めましょう!とお伝えしたいです(笑)。
移住仲間なども増えましたか?
桑名さん:僕の場合はお店のSNSでも移住のことに触れているので、SNS経由で知り合うことが多かったですね。移住者が集まるカフェ、みたいなスポットもあるので、そういったところに足を運ぶとつながりもできやすいでしょうね。伊東市で言えば、最近はUターンや2拠点生活者が増えている印象です。首都圏にもアクセスしやすいですからね。定住者に限らないいろんな形の「移住」の人たちの交流が増えているように思います。
最後に、移住を考えている人へのアドバイスをお願いします。
桑名さん:暮らしたいと思っているまちに暮らす人と、直接触れ合ってみるのって大事だと思います。まちとの触れ合いで何を感じるかって、その後に大きく関わるというか。人との出会いが、移住を決める後押しになりました。「このまちで暮らし続ける」ことがイメージでできたら、それはもう良い出会いなんだと思います。